【Avarice7】




 二人はその後、とりとめのない話をしながら大通りを進み、新興住宅がひしめき合う一角に出ていた。
「お前に案内しておきたい場所があるんだ」
 そう拓海が言うので黙ってついてきたが、何てことはない普通の住宅街をかれこれ数十分ほど連れ立って歩いているだけなのだ。
 比較的綺麗なマンションやアパート、どれも似たような佇まいの建て売り住宅が立ち並ぶ中、時代に取り残されたような小さく古びた洋館が、周囲の建物に隠れるようにして建っている場所にさしかかって、拓海が足を止めた。

「ここだけ随分と古い建物ですね」
 洋館といっても大層なものではない。要は二階建ての住居なのだ。しかし醸し出す独特の風情のせいで、新興住宅地になってしまった周囲との調和は全く取れていない。
 建物をぐるりと囲む塀には小さめのお知らせ用ボードが掛かり、風雨に曝され皺くちゃになったコピー紙が何枚か、押しピンで固定されていた。これはあとで新しく取り付けられたもののように思われた。
 錆ついた門は南京錠で施錠されている。京介は門前から敷地内を観察してみると、洋館の周りに植えられた数本の木々に気がついた。いずれの木も幹が太く、地にどっしりと根をおろしている様子から、かなりの年数をここで過ごしてきたものと思われる。
「ここは、俺らが今のビルに移る前に稽古してた場所で、今でもたまに使われてる。もともとは団長のお祖父さん、つまりウチの創始者の持ち物らしい。今は団長が管理してるんだけど、中に入ってみる?」
 京介が頷くと、拓海はジーンズのポケットから財布を取り出して中を探り出した。程なく複数の鍵がつけられたキーホルダーを掴みだし、建物を守る南京錠に近づいた。

「団長のお祖父さんって……どんな方だったんですか?」
 京介が尋ねると、南京錠を開けた拓海が門を開いて中に入ろうとしていた。京介は拓海のあとを追いつつ、彼の話を聞いた。
「団長のお祖父さんは戦前に名俳優として名を馳せた人だったんだ。でも召集命令が下って戦地に赴いて……何とか生還したんだけど、片足を失ってしまったらしくてさ。で、俳優業を辞めたんだ。それからウチの劇団を興して、今度は育てる方に専念したってワケ」
 洋館の扉にも鍵が掛かっていた。拓海は先ほどとは違う鍵をあてがう。ギィという不快音を出しながら開いた扉の向こうには、多少広めのエントランスが広がっていた。
「……団長のお祖父さんは、野村聡士郎なんだよ」
 洋館の外見の小ささを裏切る中身の広さに驚かされた京介は、危うくその言葉を聞き逃しそうになった。
「野村聡士郎……って、あの和泉医師の?」
 野村聡士郎という俳優は現在ではほとんど知られていないので、拓海は京介が彼を知っていたことに驚いた。野村は戦前には名の知れた俳優だったのだが、片足を失ったことからか、芝居の表舞台には一切現れなくなった。なので現在では同業者か俳優・映画通、年配者などの特定層にしか知られていないマイナーな俳優になったのだった。
 ちなみに和泉医師というのは、映画『霧ノ訪イ』で野村が好演した役である。下町の開業医・和泉と、今をときめく女学生との恋を描いた戦前の青春映画だ。野村はこの映画で二枚目俳優としての地位を確立し、昭和戦前期の映画界に名を残したのだった。
「さすが役者だな。知ってたんだ?……団長の名前は野村健志って言ってね、正真正銘、野村聡士郎の孫なんだよ」
「そうだったんですか……。全然知りませんでした」
「そりゃそうさ。世間では野村聡士郎なんてすっかり忘れ去られてるんだからな。そんな人がアマチュア劇団を主宰してたなんて知られているはずないよ」



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